JR西日本が挑んだ空間データ基盤の構築、現場視点のシステムで検索時間を4分の1に:GISを活用した「デジタルレールマップ」で保全DXを実現
人手不足が深刻化する中、インフラ保全の効率化は日本全国で大きな課題となっている。鉄道もその例外ではない。その中でJR西日本では、鉄道固有の位置情報管理の指標であるキロ程と地理情報(緯度経度情報)を融合し、仮想の距離標をデジタル地図上で利活用できる「デジタルレールマップ」をジェイアール西日本コンサルタンツと応用技術の協力のもと開発した。これにより、系統を超えた設備やリスクの見える化や異常時における情報共有の迅速化や負荷低減など、大幅な業務効率化を実現した。同社の取り組みを紹介する。
社会インフラの老朽化や技術者不足を背景に、維持管理業務の高度化と効率化がこれまで以上に求められている。広域に分散した設備を長期にわたり安全に維持するインフラ事業者にとって、設備の位置情報や属性データを正確かつ迅速に取得し、共有できるデータ基盤の整備は前提となってきている。
鉄道インフラもその例外ではない。西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)は、地理情報システム(GIS)を活用し路線の住所に相当するキロ程を仮想化した「デジタルキロポスト(登録意匠第1790287号)」を基点に、インフラ保全の効率化を実現した。現在は開発したシステムの外部展開も行うJR西日本に、新システム構築の背景と外部展開に至った経緯などについて話を聞いた。
右から西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 ソリューション営業企画部の阿部成紀氏、西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 データアナリティクスの名加達矢氏、ジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社 ITシステムデザイン部の清水智弘氏
収益性向上と現場ニーズが突き付けた従来システムの限界
JR西日本は、北陸から近畿、中国、九州北部までの2府16県に及ぶ営業エリアを持ち、山陽新幹線、北陸新幹線、在来線特急を中心とした都市間輸送、京阪神都市圏や各地区での通勤/通学輸送を担っている。総延長は約4900km、1150の駅数を誇る日本で2番目の規模を持つ鉄道会社だ。管理設備も非常に多く、数十万点に及ぶ設備の管理を行っている。
鉄道施設は広範囲に及び、管理する系統ごとにさまざまな設備を管理している。系統間情報連携や建物や住所などの情報から鉄道施設の位置特定が難しいことから、JR西日本では約20年前からGISの活用を進めてきた。しかし、モバイル対応ができていないために、オフィス内PCでしか使えない点や、カスタムなどによる仕様の複雑化で、学習コストの高さや動作の重さといった課題を抱えていた。さらに、他の業務システムとの連携やデータ活用の高度化にも十分対応できているとはいえなかった。
同時に、コロナ禍による鉄道利用の低下を受け、生産性向上によるコスト削減や、システムの外部展開も視野に入れた新たなビジネスモデル構築などに取り組む機運がJR西日本社内でも生まれてきていた。
そこで、従来のGISをコンセプトレベルから見直すことを決めた。プロジェクトでは、モバイル対応を実現し現場の生産性向上を図るとともに、開発当初から外部展開を想定し両方のニーズを満たすことを目指した。
JR西日本 デジタルソリューション本部 データアナリティクスの名加達矢氏は「社内で生産性向上への取り組みの一環としてタブレット端末の配布が進み、現場からもGISを外に持ち出して使いたいという要望が非常に高まっていました」と説明する。
新システムの開発に当たり、外部パートナーの選定に着手した。鉄道は土木、建築、機械、電気、都市計画など多様な工学分野が高度に関わる総合工学ともいえる分野である。これらを扱うシステムには、GISや空間情報技術の専門性に加え、鉄道業務への理解が必要になる。また、分野ごとに異なる課題を横断的に結び付ける設計力も求められる。これらの基準で選定した結果、現場の要望を機能する形へ落とし込めるパートナーとして選ばれたのが応用技術株式会社(以下、応用技術)だった。
同プロジェクトのマネジメントを担当したジェイアール西日本コンサルタンツ株式会社(以下、ジェイアール西日本コンサルタンツ) ITシステムデザイン部の清水智弘氏は選定理由として「応用技術さんとは約20年にわたりシステムやアプリ開発で協業してきました。その中で、鉄道分野に関する深いドメイン知識と柔軟な実装力が評価されてきました。加えて、高まる現場の要求に対し一歩先の技術提案をともに考えてくれる姿勢、自社製品ありきではなく課題解決を最優先に伴走していただける点も魅力でした。さらに、今回は現場のニーズを柔軟に取り込むことを目指しており、アジャイル型での開発経験も豊富であったことも選定理由の1つとなっています」と説明する。
空間情報を基盤とする「デジタルレールマップ」
こうして、JR西日本、ジェイアール西日本コンサルタンツ、応用技術の3社で協力して開発したのが「デジタルレールマップ」だ。デジタルレールマップは「鉄道インフラデータの検索サービス」をコンセプトとする空間データ基盤だ。
機能の中核となるのが「デジタルキロポスト(登録意匠第1790287号)」という仮想の距離標だ。鉄道業務ではキロ程を基準に設備を特定し、作業指示を行うが、デジタルレールマップではこのキロ程をデジタル空間上で直感的に扱える。例えば「奈良線19k64m」と検索すれば、該当地点が航空写真上に表示され、緯度経度や住所も同時に確認できる。
GPS搭載端末でログインすれば、現在地のキロ程を1m単位で把握できる。山間部や夜間など距離標を目視できない場面でも、位置情報を迅速に取得し、記録や社内外とのコミュニケーションに活用できる。位置情報のリアルタイム共有機能も備え、異常時には作業者の所在を即座に把握可能だ。これにより、現場、本部、関係者間で共通基盤により位置情報を共有し、確認や意思決定の迅速化を実現した。
名加氏は「鉄道会社では基本的にキロ程で場所の特定を行っていますが、社外からの連絡で異常を発見した場合などは住所やランドマークで説明されるケースが多く、キロ程との照らし合わせで場所の特定に時間がかかるケースなどもありました。デジタルレールマップではキロ程での検索に加え、Googleマップの情報も検索できますので、連絡を受けた地点のキロ程が瞬時に把握でき、時間を削減できるだけでなく、対応におけるコミュニケーションロスも減りました」と成果について述べる。
画面ではストリートビューとマップを同時表示し、視点と位置が連動するため地上設備や周辺のランドマークを把握しやすい。逆に施設名やランドマークから、キロ程や緯度経度、住所などを逆引きで検索することも可能だ。
他システムとのAPI(Application Programming Interface)連携も可能とし、データ拡張にも対応している。地上設備や踏切、橋梁、分岐器、信号機などの情報をAPI経由で取得でき、点検管理や設備管理を担う業務システムとも統合的に活用できる。緯度経度を入力すればキロ程を返すなど、個別業務に最適化したアプリケーションにもローコストで機能提供が可能だ。
情報アクセスを高速化、作業時間は約4分の1に
デジタルレールマップの導入により、現場の作業効率は大きく向上した。特に顕著なのが、情報アクセスのスピードアップである。従来は複数の資料やシステムを横断して設備情報を確認していたが、キロ程を軸に一元検索できる環境が整ったことで、確認作業に要する時間は大幅に短縮できたという。実際にこれまで4分程度かかっていた頻繁に発生する作業が、1分程度でできるようになった事例などもあり、年間PVが45万件にも及ぶことから日常業務における効率化の積み重ねは決して小さくない。
利用状況もその浸透度を物語る。現在、JR西日本の2万4000人超の社員のうち、半数以上がユーザー登録しているといい、社外パートナーを含めた月間アクティブユーザーは1万人を超える。特に社内においてはトップダウンではなくPoC(概念実証)形式で限られた領域から展開したにもかかわらず高い定着率を示している。通常、新規システムの導入時には現場に使い方を覚えてもらうための研修が必要になるが、デジタルレールマップは研修を行わなくとも直感的に利用できているほどUXが優れていることもあり、現場主導での活用が広がっている。
JR西日本 デジタルソリューション本部 ソリューション営業企画部の阿部成紀氏は「異常時などに現場と間接部門が同じ画面を共有しながら議論できるようになり、業務品質の向上につながったと感じます。特に広域災害においては、多数の点検班により点検を行いますが、包括的に点検者の位置把握が可能で、設備故障の情報を即座に保存・提示できるため、指示や報告が迅速かつ正確性が高まり、コミュニケーションロスの削減にも寄与しています」と導入メリットを説明する。
UIやレスポンスなど、ユーザーに寄り添った細部へのこだわり
デジタルレールマップの構築にあたり、JR西日本が重視したのは、機能の充実だけでなく、日常業務でストレスなく使える操作性だ。それを応用技術はOSS(Open Source Software)を活用しながら、信頼性を確保しつつ価格を抑えた具体的なアーキテクチャとして形にし、実装を行った。UIやレスポンスの良さに徹底的にこだわった結果が、高い定着率の一因だともいえる。
応用技術 エンジニアリング本部 建設情報ユニット toENG開発チーフエンジニアの林博文氏は、こうした成果の背景にJR西日本サイドの挑戦する姿勢があったと振り返る。「新しいライブラリや技術の活用提案にも『まずはやってみましょう』という前向きな姿勢で向き合っていただきました。その結果、高速化や省力化につながる提案も積極的に行えました。最初のプロトタイプを約1カ月半で作成しましたが、その過程で一定のトラブルの可能性も含めて理解を得られたことが大きかったです」(林氏)。
デジタルレールマップの導入当初はJR西日本内でも「情報量が多いため動作が重いのでは」「操作が難しいのでは」といった懸念もあったという。しかし実際に導入すると、その懸念は一掃され、評価は大きく変わった。その成果は対外的にも評価され、2024年にはグッドデザイン賞を受賞した。
デジタルレールマップの外部展開も進めている。JR西日本では「オープンイノベーション」の一環として、鉄道アセットや自社で培った技術やノウハウを外部へ展開する取り組みを進めており、デジタルレールマップもその一環である。そのため他の企業への展開を見据えた持続可能なコスト構造が求められた。
名加氏は「外部展開はサブスクリプション型のSaaS(Software as a Service)として提供しています。JR西日本が日常的に活用しているためスケールメリットが働き、ゼロから立ち上げるより低コストで提供できます。企画当初からコストとのバランスは重視していました。その点で、応用技術さんにオープンソースを活用した構成で応えていただけたことは大きな意味があります」と説明する。
分野を超えた展開や海外への進出も視野に
デジタルレールマップは現在JR西日本グループ共通基盤として定着しつつある。また、外部展開についても鉄道事業者中心に進んでいるが、その可能性は鉄道業務だけにとどまらない。位置情報を軸に設備を管理するインフラ事業者や、多拠点を持つ製造業などへの応用も視野に入れている。
「鉄道事業者の多くがデジタル技術の導入に課題を抱えています。まずは技術のシェアリングを通じて業界全体の持続性を高めたいと考えています。デジタルレールマップは位置情報(緯度経度情報)を共通言語とする基盤であり、列車走行時に取得する前方動画や3次元測量データと組み合わせることで、実効性が高く安価なデジタルツインとしての活用も可能です」と阿部氏は語る。
こうした広がりを受け、清水氏は「システムそのものの展開に加え、開発を通じて得た知見を共有していくことも重要です。鉄道に限らず、道路や電力など他のインフラ分野にも応用し、共創パートナーとともに発展させていきたいと考えています」と語る。
デジタルレールマップの開発は、単なるシステム開発にとどまらず、鉄道インフラを支える空間データ基盤の構築へと発展した。位置情報(緯度経度情報)を共通基盤として各種システムを横断的に連携させるアプローチは、鉄道に限らず、多拠点設備を抱えるインフラ事業者にも応用可能だ。膨大な施設情報を統合し業務へ還元するという課題に対し、この取り組みは有力な選択肢の一つとなり得るだろう。
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