大林組はAutodeskと戦略的パートナーシップを強化し、建物の資産価値と顧客の企業価値の向上を目標に定め、設計・施工から運用に至るまで建物の価値を最大化する新たな建設DXのビジョンを策定した。キーワードは「建物は成長する存在」だ。本稿では、その背景から現場の実践、未来を見据えた戦略まで、両社の協業で実現する変革の狙いを各担当者へのインタビューから探った。
大林組とAutodeskは2025年4月10日、「次世代建設情報プラットフォームの構築を通じた顧客価値のさらなる向上」を目的に、戦略的パートナーシップの強化を発表した。大林組は協業を通じて、自社の建設情報基盤をさらに強化し、建物の資産価値や顧客の企業価値の向上を図る考えだ。こうした動きの背景には、建設業を取り巻く環境の急速な変化がある。
大林組は、創業以来「良く、廉く、速い」の精神を掲げ、時代ごとの最適な技術を取り入れながら、無駄のない建物価値の提供に取り組んできた。2017年には、事業基盤の強化施策の一環として、「Autodesk Revit」を標準BIMソフトウェアに採用し、生産性向上を目指す取り組みとして2DCAD中心からBIMへ転換した。
一方で、近年のクラウドやAI、モバイル技術の進展は、建物の在り方に大幅な変化をもたらしている。建物は「完成されたハードウェア」から「運用され続けるプラットフォーム」へと変化し、求められる機能や役割も多様化するようになった。設計や施工を支えてきたソフトウェアやデータも、従来の「支援ツール」から「価値創出の戦略的リソース」へと役割が変わりつつある。情報共有とデータ連携が進んだことで、顧客やサプライチェーンとの関係も柔軟で双方向的なアジャイル構造に移行しつつある。
こうした状況を踏まえ、大林組のBIM戦略を統括する高度デジタルソリューションセンターで所長を務める飯田邦博氏は、「変化の先にある目指すべき価値を見極め、顧客を起点に新たなDX戦略を描く必要がある」と提言する。
飯田邦博氏は、データ利活用の視点を再定義することで、従来の「生産性向上」とは異なる新たな課題が浮かび上がると指摘する。建物の「モノ」としての静的な情報と、「コト/体験」としての動的な情報をどうつなぐかのテーマだ。「カーボンニュートラル対応や木質化/木造化の関心の高まりに加え、近年では利用者自身が施設内での体験をSNSなどを通じて積極的に発信するようになった。そうした中で、建物は成長する存在として捉え、利用者は生きているものとして建物を感じ取り、そこに価値を見い出すようになるだろう」。
今後、建物の価値を高める上では「生きている建物との対話」を可能にする仕組みが不可欠で、単なる技術的対応にとどまらず、顧客の潜在的なニーズや価値観の変化を理解する視点が求められるとする。その実現の鍵となるのが、「建物のソフトウェアデファインド化」だ。「自動車やスマートフォンと同様に建物の機能も、竣工時に固定されたハードウェアベースから、運用後もアップデート可能なソフトウェアベースへとシフトする。顧客は建物の価値提供の範囲を柔軟に拡張し、異業種の技術やサービスも享受できるようになる」(飯田邦博氏)。
こうした将来の顧客ニーズを見据え、大林組は建設情報基盤の再構築に着手し、新たなDXの航路を定めた。その構想を示すのが下図だ。
飯田邦博氏は、「生産DXは現場の生産性向上と品質管理を支える基盤で、設計DXは顧客との共創型設計環境を実現する。建物DXは運用段階でのデータ活用やサービス連携を担う。3つのDXは個別に独立した取り組みではなく、互いに連携し、循環しながら建物のライフサイクル全体を支える基盤となる」と話す。
現場レベルでは、ビジョンを具体化するための施策が既に進められており、大林組でBIM推進の中核を担う高度デジタルソリューションセンターをはじめとする各領域の担当者がそれぞれの取り組みを解説した。
高橋亜璃砂氏は、設計段階のBIM活用として「BIMZONE-Σ(ビムゾーン シグマ)」を紹介。Revitで作成した建築モデルを設備計算に連携し、設計者が発注者からの要求に対して、設計条件や省エネ性を効率的かつ的確に決定できるようにする仕組みだ。下支えするのが、大林組独自のモデリングルール「Smart BIM Standard(SBS)」で、関係者全員が設計BIMを共通理解の下でモデリングできる環境を整えている。
施工段階でのBIM活用では、工事進捗や各種センサー情報をBIMモデルと統合表示できるWebアプリケーション「プロミエ」がある。プロミエはRFIDタグやクレーンセンサー、コンクリート工事管理アプリなどと連携し、単なる“見える化”にとどまらず、リアルタイムの施工支援を可能にする。
中林拓馬氏は、技術研究所で開発が進む、ドローンやロボットの現場巡回で取得したデータをAIで分析し、工事の進捗や部材配置、作業内容などを自動で把握する技術の展望を明らかにした。
また、MRツール「holonica(ホロニカ)」を用い、BIMデータの3次元形状や仕様などの属性情報を現場空間に重ねて表示することで、検査時などの指摘をデジタル化する仕組みも披露。物理情報とデジタル情報の統合で、施工記録のトレーサビリティーの確保と意思決定の高度化が期待されるという。
飯田久氏は、設計部門のBIMの取り組みとして、「Autodesk Construction Cloud」を中心に据えた設計担当者間の協働、鉄骨ファブリケーターとの連携、モデリングチェック体制の構築など、設計業務全体のBIMモデルを共有/統合する枠組みを説明。
また、設計要件やプロジェクトの特性に応じて、基本設計段階での発注者との合意形成から施工までのデータ活用、リアルタイム建築ビジュアライゼーション、省エネ/カーボンニュートラルへの対応を視野に入れたシミュレーション技術の導入、さらに建物用途に応じた情報管理テンプレートの整備といったこれからの目指すべき方向性も提示した。
同じく設計ソリューション部に所属するカピタニオマルコ氏は、「設計・製造・施工」間の統合的な連携を目指し、金属系3Dプリンタとジェネレーティブデザインを用いたデジタルファブリケーションの設計段階での実証結果を示した。
その中で「DfMA(Design for Manufacture and Assembly)の考えに基づき、川下の状況を川上で検討するべき」と説き、「アルゴリズムを書き出してパラメトリックデザインを行うだけでなく、川下のファブリケーション要件を検討できる生成設計を活用し、柔軟な設計と製造の統合環境を構築することを目指している」とした。
エンジニアリング本部 情報エンジニアリング部の長舟利雄氏と草野浩輝氏は、スマートビルのプラットフォーム「WELCS place」に触れた。
WELCS placeはUI/UX、認証、API管理、共通データ、統合ネットワークの5つの基盤で構成し、複数のIoTサービス、例えば会議室予約、来訪者管理、ロボット活用、映像解析といったアプリケーションとの連携が可能で、建物引き渡し後も機能拡張/進化していくプラットフォーム環境を整えている。今後は、WELCS placeとBIMのリアルタイム連携を軸に、維持管理への活用を図る構想も見据えている。
飯田邦博氏は、ここまで紹介した各部門の取り組みについて「いずれも重要な構成要素だが、大林組が描く将来像は、こうした個別技術の延長線上にあるとは限らない」と語る。むしろ、それぞれをどのように連携させ、全体としての最適解に導くかが今後の焦点とする。
必要となるのが「未来起点の発想」だ。目の前の効率向上や局所的な改善ではなく、将来の顧客ニーズを起点に技術や環境を逆算して整える「バックキャスト型DX戦略」への転換が必須となる。「設計・生産・運用といった各フェーズでDXを個別に最適化するだけでは、変化への対応力は限られる。今後は有機的に連携させ、建物ライフサイクル全体で価値を創出できる仕組みが欠かせない」と飯田邦博氏。その際、中心的な役割を果たすのがAutodeskとの協業だ。
飯田邦博氏は「近年の技術進化に伴い、Autodeskはもはや単なるソフトウェア提供企業ではなく、建設ライフサイクル全体の情報を統合するプラットフォーマーへと進化している。グローバル規模で多様な業界と接点を持ち、開発スピードと技術力も際立っている。単に国内の要望に応えるだけでなく、世界基準の思想とアーキテクチャを共有しながら、変化に強い情報基盤を共に育てていけるパートナーだと確信している」と強調する。
大林組は現在、“Fit-to-Global Standard”という価値基準に基づき、Autodesk Construction Cloudの本格運用を開始している。グローバルな業界標準への適合を見据えた統合プラットフォームとしてACCを活用し、設計・施工のワークフロー整備、それに伴う業務データの構造化、CDEソリューションの開発などに着手する計画だ。さらにAutodeskが展開するBuildやForma、Platform Servicesなどの多様なソリューションも取り入れ、設計〜生産〜施工〜維持管理に至るあらゆる領域で、顧客の資産価値と企業価値を最大化する仕組みづくりを加速させる。
飯田邦博氏は、その中核に「情報に基づく意思決定=Informed Decision」の実現を位置付け、「情報の信頼性とつながりを担保し、進化する技術や手法に柔軟に対応しつつ、正しい情報を正しい形で伝える。その積み重ねが、顧客とつながる新しい価値提供、Platform-Driven Businessの基盤になると信じている」と期待を口にした。
技術は進化し続ける。しかし、「正しい情報をつなぐ」という本質的な原則は、変わらない。大林組はこの理念を道標として、DXの航路を進んでいく。
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提供:オートデスク株式会社
アイティメディア営業企画/制作:BUILT 編集部/掲載内容有効期限:2025年7月15日