情報としてのデザインとその管理──木賃アパート生産史から学ぶこと建築(家)のシンギュラリティ(4)(4/4 ページ)

» 2019年03月12日 07時00分 公開
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「みんなで解決する」――脱建築家中心主義の建築家へ

中村 最後の質問です。「アーキコモンズ」に込められた建築的な想像力は、今後どのような建築の在り方を目指してゆくのでしょうか。

 いわば集合知的なものです。モクチンレシピはわれわれの手で管理されているものでありながら、一方では実際に使われている現場や、不動産会社・工務店からのフィードバックで日々改善されていくものでもある。つまり持続的かつ集団的な問題解決のプロセスです。もっといえば、生活空間/都市環境における問題解決を自ら行えるクラウド(群衆)を組織していくという実感があります。これはひとりのマスターアーキテクトが問題を解決するという建築家中心主義的なモデルから、みんなで建築に絡まる課題を解決してゆくという分散的な環境形成モデルへの転換でもあります。

 在来工法は、きっと歴史上のどこかで、人の手を離れて自律化していったのでしょう。そういう意味では、モクチン企画がモクチンレシピを通して行う一連の実践を、「モクチンレシピの体系そのものが問題解決の中心的な主体であり、モクチン企画はあくまで管理者にすぎない」という風に反転した理解することも可能です。つまり、在来工法と大工との関係が、モクチンレシピとモクチン企画との関係に近しいのだとしたら――? 今のところモクチンレシピは、モクチン企画が強くハンドリングしているけど、どこかのタイミングで自立し始めると面白いと思っています。

中村 とすると、在来工法のような野生の建築生産システムが「アーキコモンズ」の実践を通して復活し、今日の「建築家中心主義」が失効する――そのような視座もあり得るのでしょうか。

 単純に失効というより、建築家の存在の仕方が多極化していくということだと思います。「アーキコモンズ」も、あくまで戦法の一つに過ぎません。建築家を再定義する試みと言うことはできるかもしれないけれど、モクチンレシピは木造在来そのものとまったく同じ位相にあるわけでもない。建築的な思考による建築的問題への介入という古典的な建築家像を僕は信じています。建築生産を自動化することが目的では無いし、「建築家」を手放すべきでもない。建築家は不必要であるという諦念に、陥るつもりは無いんです。

中村 なるほど。今後その姿が変わってゆくとしても、「建築的思考による問題解決」という職業倫理によって、建築家は建築家たりえるはずということですね。

 木造賃貸アパートとの対話を経て磨かれた「アーキコモンズ」は、製図や設計といった方法が取り扱うものとは異なる種類の建築的情報を取り扱っているように思います。それは新たな建築的思考への挑戦なのかもしれません。連さん、ありがとうございました。

著者プロフィール

中村健太郎(なかむら・けんたろう)

1993年、大阪府生まれ。慶應義塾大学SFC卒。在学時は主に松川昌平研究室にて建築学におけるアルゴリズミック・デザインの可能性を研究。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。現在はNPO法人モクチン企画にて建築設計・システム開発に従事。東京大学学術支援専門職員。


企画協力

太田知也(おおた・ともや)

1992年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。修士(デザイン)。学生時代より批評とメディアのプロジェクトRhetoricaに携わる。現在はNPO法人bootopiaに所属し、島根県津和野町にてローカル・メディアの編集/デザインに従事。共著に水野大二郎+太田知也『FABが職業を変える──デザイナーからメタ・デザイナーへ』『FABに何が可能か──「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(フィルムアート社、2013年)


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