情報としてのデザインとその管理──木賃アパート生産史から学ぶこと建築(家)のシンギュラリティ(4)(2/4 ページ)

» 2019年03月12日 07時00分 公開

「アーキコモンズ」──管理の程度問題としての建築生産

中村 では早速「アーキコモンズ」とは何かを説明していただけますか。

 まず大前提として、情報技術の発達した現代においては、あらゆる情報はなんらかの方法で記述できる、という認識が必要だと思います。つまり記述方法さえ発明できれば、技術的にはありとあらゆる情報の「メディア化」が可能だということです。そうするとデザインすら、あたかも物理的なモノのように交換したり、共有したり、譲渡したりできる対象になります。

 さて、そうした時、次に重要になる問題は「どのようにデザインを共有・管理するのか」ということです。これは法学者のローレンス・レッシグも唱えている重要な問題提起でもあります。「アーキコモンズ」は建築デザインの共有において、どのように管理をコントロールすれば、創造的なアクションにつなげることができるのかを考える理論です。逆に管理をクローズドにすることの危険性を考えるものでもあります。

 例えば、ハウスメーカーのように自分たちで生産システムを抱えて、受注から納品までワンパッケージで自社内で建築を作る方法がありますね。それに対して、モクチン企画の提供する「モクチンレシピ」は、既存の生産システムに埋め込まれることを意図している。つまり、われわれ以外の主体が「モクチンレシピ」を使って設計していいわけです。ハウスメーカーは、すべての工程や情報をクローズドに管理する体系ですが、他方で「モクチンレシピ」は、多様な主体と連携し、デザインを情報として提供することで成り立っている。アーキコモンズは、今説明したハウスメーカーとモクチン企画の構造的違いを正反対のものとして捉えるのではなく、デザインの管理の方法や、オープン/クローズドの程度の違いとして考えます。つまりデザインをクローズドにするか、オープンなものとして考えるか、あるいはその中間的なものとして運用するのかを考えるわけです。

中村健太郎(なかむら・けんたろう)1993年生まれ。プログラマ、建築理論家。慶應義塾大学SFC卒。現在、NPO法人モクチン企画理事。東京大学学術支援専門職員

中村 ハウスメーカーが工程全体を一本化して生産コストと不確実性を削減しようとするのに対し、モクチン企画の「モクチンレシピ」はユーザーによるデザインの解釈を許容していること。建築を生産するという最終目標に即してみれば、この2つはデザインをコントロールする程度が異なるだけだと考えられるわけですね。

 そうです。当然、最終的な目的も違うわけです。わかりやすくハウスメーカーや「モクチンレシピ」を例に挙げましたが、アトリエ系の建築家や組織設計の違いもこうした視点から分析することが可能でしょう。

 さて、アーキコモンズは「資源として建築デザインを管理するための理論的な体系」です。建築を属人的なものとして扱うことをやめ、ある一つの情報体系やその断片として捉えることができれば、その情報体系をどのように他者と共有し、運用するかを調整することで、建築と社会の影響関係をコントロールすることが可能になります。クローズドな管理を前提にした建築と、オープンな管理を前提にした建築は、必然的にアウトプットや目的も変わってきます。またそれは、作家性やビジネスモデルの問題とも関連してくるわけです。「モクチンレシピ」はアーキコモンズの具体的な実装方法の一つという位置付けになります。「モクチンレシピ」に限らずアーキコモンズにはさまざまな方法があり得るはずです。

中村 「モクチンレシピ」以外のフォーマット、あるいはモクチン企画がやっていない方法も在り得ると。

 そうです。アーキコモンズは建築デザインのプロセス全体をどう最適化するかという水準の話なので、生産の仕組みにまでつなげて考えるのが重要です。

中村 なるほど。個別の建築単体の生産ではなく、建築生産システムとでも呼ぶべき大きな枠組みの組成について考えているのですね。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.